マムシに睨まれた鍛冶屋

鍛冶屋の営業は農家を回って仕事を頂きます。毎年回っているとお客さんとだんだん仲良くなり、ジュースやお茶を出してもらったり、いろいろな季節の野菜などを頂いたり、時にはイノシシや鹿の肉をお土産にもらったりすることがあります。ですが、その日頂いたものは今まで貰ったことのないものでした。

よく稲の実った田園風景

困った貰い物

いつものように常連のお婆さんのお宅に伺った時の事です。他愛も無い世間話をした後に、お婆さんが奥の方から何やら持ってきました。それは一升瓶でした。

『鍛冶屋さん、コレ持って帰る?』

「へ?」

お酒かな・・・?いや、何か違う・・・

『朝、畑におったから捕まえたんよ』

よく見ると一升瓶のなかに鎌首を持ち上げたマムシがいるではありませんか!足腰の弱ったお婆さんがどうやって捕まえたんでしょうか?さすが人生の達人、私には怖くて出来ません(苦笑)

『焼酎入れてマムシの焼酎浸け造りんさい』

「え?」

貰うべきか、断るべきか、どうしよう、どうする俺!そんな時はいつも亡き母の言葉が脳裏をよぎります。

【お客さんがあげようといったものを断ったらいけんよ】

そして私は「ありがとうございます、本当にもらってもいいんですか?」と、ついついいつもの軽口で受け取ってしまい、そのお宅をあとにしました。

そのとき遠い空から【私だったら断っとるよ~】

と母の声が聞こえたような気がしたのですが、もう後の祭り。

大変は物をもらってしまいました・・・。確かにマムシの焼酎浸けというものを聞いた事はあるのですが、自分が詳しい作り方を知っているはずもありません。一升瓶を持って途方に暮れる鍛冶屋を瓶の中から絶対咬む気満々のマムシが睨んでいます。

マムシとドライブ

もはや営業どころではありません。猛毒の主とにらめっこしながら思案しているうちにふと思い出したのが、ウチの嫁様の実家で昔マムシの焼酎浸けを作っていたという話でした。なので、お義父さんならきっと詳しい作り方を知っているに違いないと思い、よし!お義父さんに丸投げ・・・いやお願いしてみよう!と他力本願全開です。

義父はイノシシを素手で撃退した事のある猛者なのできっと引き受けてくれるに違いない、とさっそく義父に連絡をとってみると快く引き取ってくれるとのことでした。そして、義父の家まで30分程の道のりをマムシとドライブすることになったのです。

道中は田舎道でアップダウンとカーブの連続。軽トラックの助手席の足元においた一升瓶はなんとも不安定でカーブの度にゴロン、ゴロンと大げさに転がります。これが割れたらどうなるか?と考えただけで震え上がり、その度に私は「ひぃっ」「うおおお」と悲鳴とも雄叫びともつかぬ声をあげながら恐怖の時間を過ごしたのでした。

そして、やっとの思いで義父の元に到着したとき、鍛冶屋はたっぷりの脂汗を流していたのでしたとさ。(完)