日本における刑事裁判の有罪率は実に99.9%、一度起訴されてしまえばほぼ有罪が確定してしまう。このドラマはそうした絶対的不利な条件の中、残りの0.1%の無罪にすがりつく中年鍛冶屋の物語である!
自分はその日も営業で山を越え谷を越え、農家の家を巡っておりました。いつものお客さんの家ばかり回っていたのでは仕事がなくなってしまうので新規のお客さんも開拓しなくてはいけません。そういうわけで農家らしいお宅には片っ端から訪問していきます。
そして、ある農家に立ち寄った時の事です。丁度庭先に家主のお爺さんがいらっしゃったので鍬の修理の話をすると「あるんよ、ちょっと待ってよ」
それは納屋の中にあるらしく、ご主人は母屋の横にある納屋に入っていきました。自分もその後について行き納屋の入り口で鍬探しを見ています。
「ありゃ、どこじゃったかのう」どうやらなかなか見つからないらしくご主人は慌てています。こういう場合は結局見つからない事が多いので自分も手伝う事にしました。縦長で広い納屋に所狭しと道具が置いてあるのでそう簡単に目的の物は見つかりそうにありません。ご主人は奥の方、自分は入り口付近を捜索中です。上から下まで色々と見ていると外になにやら気配が・・・
ふと横を見るとご主人の奥方であろうお婆さんがこちらを凝視しています。震えるような声で『あんた、なにしとるの?』その目には怒りとも怖れともとれる感情が滲んでいます。「え?」・・・何?この状況・・・何も知らないお婆さんから見えているのは納屋を探っている自分一人・・・まさか、空き巣と思われている?まずい!誤解を解かなくては!
「ちっ、ちがいますよ、ちょ、ちょっとご主人がそこに、ご主人!」と慌ててご主人を呼びますが、奥の方で鍬探しに夢中になっているのか相手にしてくれません。奥さんはじっとこちらを睨んでいます。このままでは現行犯逮捕です。そして、明日の朝刊の見出しは【お婆さんお手柄、鍛冶屋を装った空き巣を捕まえる】これはアカン!
「ご主人~!」助けてくれとばかりに声を張り上げると気付いてくれたのかやっとこちらに来てくれました。奥さんも旦那さんを見つけるとホッとしたらしくやっと話を聞く気になったようです。
実はかくかくしかじかでこういう状況になっているのですと説明すると奥さんも笑いながら『ごめんね~』と謝ってくれました。いえいえこちらこそと何故だか私も謝ります。冷や汗とは本当に冷たいんだなと実感しました。
それから、そのお宅には毎年伺っています。ご主人はもう鬼籍に入られてしまいましたが、お婆さんは健在で、この家だけは最初に「怪しいものではありません」と言ってお互い大笑いするというのがお決まりになっています。(完)