小さな悪魔
「目が!目がぁぁぁぁぁ~!」
ああ、目にゴミが入ったんですね、分かります。ウチの職場でも良くあるんですよね。
ハンドグラインダーや大型グラインダーなどの研磨機械もよく使うのでゴーグルなどの安全対策は必須です。
しかし、目に入るときは入る!砂や埃と違って鉄粉は一度入ったらなかなか取れません。なのでチクッとした刹那すぐ仕事を中断して水道の蛇口を上に向けて結構な水圧で直に目を洗浄しています。
そうすればだいたい取れます。これが自分の3秒ルール。
ですが、このルールが出来るまでかなり痛い目にあいました。以前は目に鉄粉が入っても仕事が一段落するまで我慢していたんですが、その場合は高確率で病院にいくハメになります。
ほぼ一日を費やし、お財布へのダメージも軽くなく、さえない一日を過ごす事になってしまうのです。しかし、こびりついた鉄粉から出てくる錆びが目のタンパク質を溶かしてしまうそうなので行かない訳にはいきません。
これはそんな中で起きた小さな奇跡・・・。
瞬きもせず
数年前になりますが、例のごとく研磨作業中に入った鉄粉が目の中で暴れていた時のお話です。
時間が経っていたせいか、何度目を洗っても取れそうにありません。瞬きをするたびに痛みが走りますが鏡をのぞいても瞳の中にそれらしいものはありません。
魂を吐き出すように深いため息をつきます。
やれやれ・・・病院いくかな・・・
とカレンダーをみると鍛冶屋の顔はどんどん青ざめる事に。
基本的にこの男は運が悪く、怪我や病気をするとだいたい病院が休診やお休みの場合が多いのですが、今回は極めつけ・・・
次の日から全国的にお盆休みです。もちろん眼科医も例外ではありません。
いやあ、まいった・・・4~5日我慢しないといけませんね。そう思うと痛みもだんだんひどくなっているような気がします。盆と正月しか連休のないこの鍛冶屋、その落胆と喪失感は半端ありません。
しかし、時間の流れは無慈悲なまでに平等で盆休みは始まってしまうのでした。
次の日
その日は学生時代の後輩と会う予定だったので車を走らせて迎えにいきます。時折目を刺すような傷みが走りますが、瞬きさえしなければ、気をそらせるような事があれば、なんとか耐えられそうです。
男2人がスイーツで時間をつぶせるわけも無く、疲れ切ったおっさんが行き着く先と言えばおしゃれなカフェではなく日帰り温泉です。
県北の山の中を車で1時間以上走ってたどり着いた温泉は二階に各種温泉、一階には温水プールが併設されている施設で、大人から子どもまで楽しめるようになっています。
そして、少年の心を忘れないおっさんピーターパン2人が食いついたのが二階の温泉から一階のプールに通じているウォータースライダーです。
「オラ、ワクワクすっぞ!」
入浴もそこそこにちびっ子の列に混じって順番を待ちます。
そして、自分の番になり、係員に促されるままソーメン流しのようにおっさんがつるっと滑っていきました。
水流に乗った70kgの肉体はもはや人間魚雷、激しい水柱を上げながら突き刺さるように着水します。
勢い余って水中で逆上がりするような体勢になり、
「げぼっ、がばげぼっ、げほっ!」
そして、子供でも立てるようなプールからやっと立ち上がった時、
おや・・・?
何だかスッキリ。あの瞬きの傷みが消えています。こ、これはまさか着水の衝撃で目に刺さった鉄粉が取れた?いや、間違いなく取れました。
素晴らしい、これがウォータースライダーの力なのか・・・。眼科医に行かずに済んだ喜びで上機嫌、急に浮かれ出したパイセンに後輩は怪訝な顔をしています。
おかげで鍛冶屋はのんびりと残った盆休みを過ごす事が出来たそうな。
めでたしめでたし・・・
いやいや、賢明な皆様は目に異常がある場合は必ず眼科医の診察を受けてください。よい子は決して真似しないようにね(完)