鍛冶屋とオレオレ詐欺

絶妙のタイミングで

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それは毎年必ず伺っているお宅に行った時の事。

車から降りて中庭に入った所で丁度奥様に出会いました。

「いつもお世話になります、瀧川鉄工所です。この度は何かご用は・・・」

と言いかけたところで、

プルルルルルルルルルルルー

家の中から電話の呼び出し音が聞こえてきました。

「ああ、どうぞ、先に電話どうぞー」

と私が言うと、

「ああ、ごめんなさい、ちょっと待ってね」

そう言って奥さんは勝手口から中に入っていきました。

このお宅は老夫婦の二人暮らしで数十年のお付き合いになります。

なので仕事の有無のかかわらず伺ったときはいつも快く出迎えてくれるので、

二人の元気な姿を見るだけでもホッとしていました。

家の周りはきれいに整えられていて、今年もお変わりないようで・・・

とそんな事に思いを馳せていると、中から声が聞こえてきます。

「うん、わかった、・・・菱UF・銀行ね・・・、

うん、口座ばんごうは・・・・・・ね」

勝手口の近くに電話があるみたいでドアの外まで声が漏れ聞こえてきます。

電話がかかってきていきなり振り込みの話?

気になってドアに近づいて耳をそばだててしまいました。

「はいはい、振り込めばいいのね、わかった、あ、お客さんが来てるからまたね」

と話は終わったようです。

・・・・・・・

・・・・・

嫌な予感しかしません。

「お待たせしまして、すいませんね」

と、奥様が出てきました。

私も器用な性格ではないのでストレートに言ってしまいます。

『失礼ですが電話が聞こえてしまって。』

『今のは詐欺の電話ではないですか?』

と言うと、

「ああ、大丈夫よ。今のは孫なのよ。」

と奥様は笑っています。

『ああ、お孫さんなんですね、すいません、つい勘違いしてしまいました。』

と私もなんか恥ずかしくなって大笑いしてしまいました。

それから、少し世間話していると半年前にご主人が亡くなってしまったようで、それは私にも大きな衝撃でした。

亡くなった時の状況、奥さんの後悔、いろいろな話を聞いて、お宅を後にしました。

たしかに外から垣間見える仏間には最近飾られた祭壇があり、そこには新しい写真が置いてありました。

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帰りの車の中、

今日の出来事を思い返しながら、

そうか、孫だったのか、と苦笑いします。

孫か・・・・・・

孫・・・・

ん、まご?

オレオレ詐欺ってだいたいから掛かってくるんじゃね?

ああ、もっとちゃんと確認しとけばよかったか?

何だか気になってきました。

ただ、これ以上他人が踏み込んでもよいものか?

もし、違っていたら?

私が出来ることは十分やったんじゃないのか・・・

そう思いながら家に帰ったのでした。

次の日

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孫!

朝起きて最初に頭に浮かんだのがそれでした。

もう気になってしょうが無い。

朝ご飯を食べながらも頭から離れません。

もしこれが事件だったら自分は一生後悔するかも知れない。

昨日電話があったのは午後五時頃でした。

となればまだ銀行には行ってないはず。

高齢なのでネットバンクは考えにくい。

そう思い、朝食後すぐに車に乗って飛び出してしまいました。

くそう、今日の仕事の段取りが・・・

ガソリンリッター167円・・・

と現実が頭をかすめますが、

あのタイミングで私が伺ったのは、

亡くなったご主人が呼び寄せたのではないのか?

いままでのご恩を返さなくては・・・

と安っぽいヒロイズムに任せて道中を急ぎます。

とはいえ、いきなり行ってどうする?

どう切り出せば?

取り合ってもらえなかったら?

なにより、ただの私の早とちりでは・・・

まあ何もしないよりはいいか・・・

近くに地域の派出所もありますし、隣の家が懇意ににしていたはず。

いざとなればそちらに事情を話して助けてもらえばいい。

覚悟が出来たところでやっとお宅に到着しました。

『ごめんくださいー』

早朝やってきた鍛冶屋に奥さんビックリしてます。

あきらかに怪訝な顔。

『大変失礼なお話なんですが・・・』

そう切り出して続けます。

『昨日のお電話のお孫さんは本物ですか?』

ストレートすぎる、もっと言い方ないものか・・・

しかし、奥さんはすぐに察してくれたようで、

ニコニコしながら事情を丁寧に説明してくれました。

どうやらご主人が残してくれた遺産の一部をお孫さんに譲るらしく、昨日も先に奥さんが電話をかけて、その時不在だったお孫さんか後ほど電話をかけ直してきた時にちょうど私が来たらしいのです。

その他の事情やお孫さんの名前、口座番号の書かれたメモなど、私を落ち着かせるようにやさしく説明してくれました。

『もうしわけありませんでしたぁぁぁ』

ホッとすると同時にこみ上げてくる恥ずかしさで、ただただ平謝りです。

「いえいえ、こんな年寄りにこれだけかまってくれる者がおるかいね」

奥さんは無礼を許してくれました。

そう言っていただけるだけでありがたい。

高齢の独り身だと少し侮っていたのは私の方だったのかもしれません。

脳が揺れるくらいお辞儀をして車に乗り込みます。

家を離れる際、

仏間におられるご主人にお別れとお礼と今回のお詫びをして、

鍛冶屋は家路につくのでした(完)