鍛冶屋のときめきメモリアル

なんの役にも立たない話

これは私が40代半ば、中年まっしぐらの頃のお話・・・

f:id:takkin1105127:20190406212912j:plain

それは四月の出来事でした。

私はいつものように飛び込み営業中。

谷間にある集落の真ん中をきれいな川が流れています。

その土手沿いには桜の木が植えられており、

こぼれんばかりの花びらを抱えていました。

日差しは暖かく、風は優しく吹き抜けていきます。

とはいえ、コチラは生活がかかっているので

そんな風雅な趣に浸っているわけにはいけません。

鍬の修理などはありませんか?

端の家から順番に声をかけていきます。

そして、とある家を伺ったときの事、

いつもの決まり文句から流れるフローチャートにはだいたい、

あるなしの2つの分岐しかありません。

が、その男性は違っていました。

『〇〇高校よね?

〇〇部だったっけ?』

 

おや?誰だこの人?

私の事を知っている?

 

『ウチの子はちょっと下なのよ』

 

???

 

明らかに知り合いのお父さんのようです。

 

『ウチの娘がお世話になったみたいで・・・』

 

????

 

さすがに向こうも察しの悪さに焦れてきたようで、

だんだんヒントが分かり易くなってきました。

しかし、20年以上も前の話、

仕事モードの自分にはまったく誰だか分からない。

さすがに申し訳なくなり、

ちらりと玄関の表札を見ると

!!!

今までバラバラになっていた脳のシナプスが一気に結合し、

濁流のように高校時代の記憶が戻ってきました。

ここは・・・

 

私が高校時代に交際していた女の子の実家です・・・

そして、

 

私はこの家に来たことがあるっ!!!

 

ああ、どうも・・・お世話になります・・・

 

記憶の戻った中年は改めて挨拶をします。

 

何とも言いようのない気恥ずかしさ。

なぜ今の今まで忘れていたのか、全く自分が情けない。

お父さんは娘の現況を話しているようですが、全く頭に入ってきません。

今すぐ逃げ出したい心境ですが、

どうやら仕事を頂けるようなので逃走は許されません。

息子しかいない私には娘を持つ父親の気持ちは解りませんが、

大昔の交際相手が突然現れた時の心境いかばかりか・・・

すいません、手を繋いだぐらいの関係です。何もしてませんよ、ごめんなさい。

その手に持った農具で殴らないでください。

仕事の話をまとめながらも思うのはこんな事ばかり・・・

この歳になってこんな情緒になるとは夢にも思わなかったので、

自分が滑稽に思えてきました。

歳をとって大人になったつもりでしたが、

まだまだ自分は小僧のようです。

その家を出た後も、思い出しては苦笑い。

やれやれ・・・

と満開の桜を見てはつぶやくのでした(完)