O氏からの依頼
今回もO氏がらみのお話なので知らない方はコチラをどうぞ。
以前、O氏のお宅に伺った時、大事そうに一冊の本をを持って来て私に見せてくれました。その本は農業の写真集で、農作業中の農家や農具の写真を専門に撮っている写真家の本でした。
そして、『ちょっとこれを見てくれませんか?』とO氏があるページを開きます。
そのページの写真には古い鍬の柄が日本刀のように飾ってありました。その使い古された柄はニスを塗ったような艶やかな光沢があり、使っていた方の勤勉さを物語るかのように握っていた部分は細くなって指の形のような窪みが出来ています。
この柄は写真家が農家の方から頂いた物で家宝のように大事に飾っているそうです。
自分も昔、両手の指の跡がくっきり残った鍬の柄を見たことがあります。決して彫り込んだり削ったりしたわけではありません。毎日毎日同じ所を握って一生懸命農業をされた結果、岩を穿つ水滴のように果てしない時間を経て出来上がったものなのです。
そしてO氏が『すごいですよね、こういうのを見たことありますか?』と言うのでつい
「もっとすごいの見たことありますよ、今度預かる事があったら連絡しますね」
と言ってしまったのが今回のお話の始まりでした。
そうは言ってみたものの
ですが実際探してみるとなかなか見つからないもので、昔はもっと頻繁に見かけたような気がするのですが・・・。農業機械の普及や代替わりによる離農などによって最近は滅多に見かけなくなってしまいました。
そんな感じで時間は過ぎていき1年は経ったでしょうか、ある日の営業のことでした。高齢の女性が大事に使っている鍬を預かったのですが、その柄は見事に仕上がっていたのでした。
ついに見つかりましたよ!
おわかりでしょうか?そもそも数十年の使用で全体が細くなった柄ですが、主に握っていたであろう根元のあたりは極端に細くなっています。元気な若者がちょっとでも無理をすれば簡単に折れてしまいそうです。
そして、柄の表面は滑らかな手触りで美しい光沢を放っていますが決して塗装をしているわけではありません。
人間の手だけで永い年月をかけて磨き上げてきた、いわばその人の生きてきた証のようなものです。民俗資料館で展示したいくらいですね。
文面だけでは伝わりづらいので新品の柄と並べてみると一目瞭然。
たぶん令和の時代になった今、これ以上の柄にはもう出会えないと思い早速O氏に連絡します。
そして、多忙の中やってきたO氏は触ったり写真を撮ったりと本当に楽しそうです。削ったのではないかと疑うくらい驚いていましたね。どうやら、満足していただけたみたいでよかったです。
さて、鍛冶屋的に大変なのはこれからです。この細い柄、握りやすく鍬を軽く感じさせる素晴らしいものなのですが、あまりに細いのでクサビを打ち込む時のハンマーの衝撃でも折れてしまいそう。緊張しますね、ちょっとした文化遺産なので胃がキリキリしますよ。