ある寒い日
今日はこの冬一番の冷え込み、北部は雪が降るかもしれないとか。
貧乏暇なしの鍛冶屋さんは休むわけにもいかずいつもの配達に向かいます。
目的地はやや北部ですが、そこまで雪深い地域でもなく大丈夫かなと思いながら車を走らせます。
最初は晴れていたものの少しずつ天候が怪しくなってきました。
目的地の方向には灰色の空が広がっています。
しかし、居座った寒気団はしばらく動かず数日はこの天候が続くそうで、
明日に延ばしてもあまり意味はなさそうです。
おっと、すこし白いものがゆらゆらと舞ってきました。
最初は焚き火の灰のようにふわふわと飛んでいたそれがだんだん雪だと認識せざるを得ない量になってきます。
そして、山を一つ越える度にそれは増えていきました。
道路の端や田畑には昨日までに降った雪が消えずに残っています。
西側の山陰に入ると道路上にも雪が残っていました。ところどころアイスバーン状になっているので気を付けてゆっくりいかないとハンドルを取られてしまいます。
こんな時はいつも、
ハンドルは大きく動かさない、ブレーキは踏まない、もちろんスピードは出さない!
を心がけながら慎重に進んでいくのでした。
さてとお仕事
何事もなく目的の集落にたどりつき、お客さんの家々へと伺います。
こんな日によく来たねと、みな半分あきれ顔で言います。
いえいえ、明日のお米を買わないといけないので!と、半分本気で返しながら、
談笑もそこそこに鍛冶屋は急ぎ足。
日が暮れるまでには帰らないと、いや寒すぎるので早く帰りたい。
北部の寒さは骨身に染みます。
最後のお宅を後にしたとき、雪も止んで、雲間から夕焼けが滲んでいました。
やっと帰れるとホッとしながら、家路につきます。
さて、帰ったら少し早いから本屋にでも行くかな、
コンビニでおやつでも買うかなと、
思ったのが運の尽き・・・
行きでも通った山陰の凍った路面、少し後ろのタイヤが滑ったような感覚に襲われ、修正しようとハンドルを切ってしまいました。すると、車体が滑り出してしまい統制がきかなくなり、慌ててブレーキを踏んでしまい、車はもうコマのように回り出してしまい・・・・・・
どーん
どーん
二回ほど山の斜面にぶつかりながら元の方向に車体がもどりハンドルで車の統制が取れるようになるまで数秒。永遠かと思える数秒、本当に見えたよ走馬燈。
へろへろになった鍛冶屋は取りあえず脇道に入り車を止め、車の周囲を見回します。
ああ、大変です!
片方のサイドミラーがありません!
あんまりにもきれいに無くなってるので気が付かないところでした。
車体もあちこち傷だらけ。
幸いなのは後続車がいなくて誰も巻き込まなくて良かったことだけです。
一瞬の気の緩みが生んだ悲劇でした。
ああしていれば、こうしていれば、それはもはや意味を成しません。
雪道での恐ろしさを改めて知った日になりました。
奇しくもその日は北京オリンピック、フィギュアスケートの日。
宇野昌磨選手がリンクで華麗に4回転を決めた時、
鍛冶屋は路上で2回転を決めたのでした。
俺の方がすごいよね・・・
と意味の分からないことを呟きながら、
失ったサイドミラーの思い出を抱きしめて、
鍛冶屋は家路につくのでした【完】