最期の鍬

黄昏時に

『私ももう90だからこれが最後じゃろうねぇ・・・』

こう言われた時、正解の返答が未だに解りません。

いやいや・・・、まだまだ、ははは。

と誤魔化したように笑うのが精一杯です。

まだまだですよ、頑張ってください・・・

これは違う気がします。

かといって、

よくがんばられましたね、ご苦労さまでした・・・

何様のつもりか?と怒られそうです。

修理した鍬をお渡しするときにこういう話になることが増えました。

馴染みのお客さんの高齢化に伴って鍬も軽量化に努めてきましたが、

それにも限度があります。

鍬が振れなくなり体力の低下を実感され、

農業をやめていく方も少なくありません。

ですが、それでも諦めない方もおられます。

老いては益々壮んなるべし

『片手で振れる鍬を造ってくれ』

手押し車がないと移動もおぼつかない、

小さなお婆さんがそう言いました。

腰の曲がった小さなお婆さんですが、

毎日畑に出て自分の出来る作業をされています。

両手持ちの鍬は重くて使えないらしく、

片手で耕せる鍬が欲しいとの事です。

なるほど、両手持ちの鍬では重すぎて、既存の手鍬では馬力が足りない。

そして、

『年寄りが最後に使う鍬造ってください』

そう言って締めくくられました。

最期の鍬

さて、どうしたものか。。。

重過ぎず、軽すぎず、片手で振れて地面に入りやすい鍬。

相手は90歳近い高齢のお婆さん。

重すぎれば一回も使われないまま納屋の肥やしになることでしょう。

軽すぎれば地面に入りにくく、

逆にお婆さんの体に負担をかけることになってしまいます。

このジレンマは近年ずっと悩まされている問題です。

なので10年前ならば頭を抱えていたところですが、

依頼を受けた時には大体の設計図は頭の中に出来ていました。

柄の長さは1尺3寸、爪の長さは7寸まで、肩幅は3寸5分といったところでしょうか。

問題は角度ですね。腰の曲がった小さな女性が片手で振る・・・。

自分も腰を丸めながら何回も鍬を振って確かめます。

そんな感じで出来たのがこちら。

気に入ってもらえると良いのですが・・・。

引き渡した時、

すぐに畑に打ち込んでいました。しばらく耕した後、

『ええよ、ちょうどいい』

そう言って笑ってくれました。

見た感じにも無理がなさそうだったので

自分もホッとして笑みがこぼれます。

世界に一つだけの鍬の完成です。