鍛冶屋とぶんぶく茶釜

いつも農具の修理をしていますが一つとして同じ鍬はありません。劣化や摩耗の具合などから持ち主の人となりが見て取れます。なので、こちらもその方に一番合った修理の仕方をいつも心がけています。

綺麗に修理して立てかけてある2丁の四ッ鍬と1の三ッ鍬と3丁の板鍬

お客様との出会いは一期一会、そう思って日々精進していますが今回の依頼は正にそういう仕事になりそうです。

台の上に置かれた取っ手のない茶釜

古い鋳物の釜で注ぎ口や足も付いており可愛らしいデザインになってますね。親父は茶釜だろうと言ってます。私も気になってGooGle検索でいろいろ調べたんですが詳しいことはよくわかりませんでした。まだ使えそうなのですが、問題なのは取っ手の部分。

経年劣化により引っかける部分が短くなった茶釜の取っ手

この部分だけは鍛造品で平鉄を加工して造られていましたが、釜に引っかける部分が細くなって使用に耐えられそうにありません。今回の依頼はこの取っ手を新しく造る事です。

紙に書かれた茶釜の取っ手

この通り設計図も持参されています。元の取っ手より高くしてありますね。一見取っ手を造って取り付けるだけの仕事のようですが、問題は釜が古い鋳物という事です。

我々鍛冶屋がしているのは焼けた鉄を叩いて形を整える鍛造ですが、鋳物とは鋳造で造られた物、つまりドロドロに溶かした鉄を型に流して造られた物の事です。お客さんにしてみれば同じ鉄だろうと言われるかも知れませんが鋳物、特に古い鋳物は厄介なのです。

使い込んで足の取れた三徳、割れた古い水道管の蓋など過去にも何度か鋳物の修理をしたことがあります。そもそも鋳物は衝撃に弱いのでハンマーで叩いたりしてはいけません。古い物となるともうガラス細工のように丁重に扱わないと大変な目に遭います、というか遭いました。コツンと軽く叩いただけでもポロッと折れたり、鋳物専用の溶接棒でも溶接が効かないので慎重に作業しないといけません。特に今回の釜は見た目も大事なので絶対に傷一つ付ける事は許されません。

丸棒をハンマーで叩く鍛冶屋

面倒な仕事はほとんど私に投げる親父殿ですが今回は危険を察知してか自ら取っ手を造り始めました。図面を見て、これじゃあ格好悪いと自分なりにアレンジしながら作業してます。造るだけではなく、釜に衝撃を与えずにはめ込む事も考えて仕事しなくてはいけません。

さすがに慣れない仕事なのか、しばらく考えた後に『考えてもしょうが無い!やるのみよ!』don't think, feel おお!ブルース・リーだ・・・。隣で別の仕事をしている私も気になってしょうがありません。そして、少しずつ形を造っていき、出来上がった取っ手を二人でゆっくりはめ込みなんとか無事に出来上がりました。

台の上に置かれた取っ手のある茶釜

注文どうり平ではなく丸い握りにしてあります。握る部分は少し太く端の方は細くしてあり、設計図では真っ直ぐ上に伸びるような形でしたが少し膨らみを持たせています。古い釜にあわせて使用感を出すためにわざとハンマー痕を残してあるので新しい物を付けたような違和感がないようにしてあります。

簡単そうに見える物ほど難しい・・・親父がよく言う格言ですが今回はそれが身に染みて分かる仕事でした。